ミュンヘン(2005)
'72年のドイツ、ミュンヘンオリンピック。
イスラエル人の選手、コーチ、大会役員ら12人らが、人質となり
白日にさらさらるなか、パレスチナゲリラ『ブラック・セプテンバー』に殺された。
イスラエル政府は、ドイツ軍の対応に激怒、ゴルダ・メイア首相は自分たちの手で
報復することを決意し、秘密機関『モサド』を召集する。
その重要な任務に面の割れていない、ドイツ系イスラエル人アブナーが
選ばれた。妻には『世界一退屈な仕事だ』と自分の任務を今まで言ってきた
ものの今回は家族も祖国も素性も捨てなくてはならない。
妊娠七ヶ月の妻を置き去りにしてアブナーは祖国を旅立つ。
上官・エフライムの指示の元、四人の仲間と仕事をすることになったアブナー
車両専門のスティーブ、後始末専門のカール、爆弾のスペシャリスト、ロバート
ドイツ系ユダヤ人で文書偽造のスペシャリストのハンスが集まった。
フランス人情報屋のルイから次々に標的の情報を得て行動する五人だったが、
幾度となく危ない橋を渡りかける面々にルイは冷たくいいはなつ
『我々は情報を売っている、だが政府とは無関係だ、覚えておけ』
ルイが差し出した写真にはいつしか、アブナーの写真も含まれていた。
『正義』と信じていた任務を遂行しながら見えない恐怖と戦いつづける毎日に
終わりはあるのか・・・11人のテロリストを殺して平和はくるのか…
(原題名:Munich)
監督:
スティーブン・スピルバーグ
脚本:
トニー・クシュナー
共同脚本:
エリック・ロス
出演:
エリック・バナ
(アヴナー)
ダニエル・クレイグ
(スティーブ)
キアラン・ハインズ
(カール)
マチュー・カゾウィッツ
(ロバート)
ハンス・ジシュラー
(ハンス)
ジェフリー・ラッシュ
(エフライム)
アイレット・ゾラー
(ダフナ)
ギラ・アルマゴール
(アヴナーの母)
ミシェル・ロンズデール
(パパ)
マチュー・アマリック
(ルイ)
モーリッツ・ブライトロイ
(アンドレアス)
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
(シルヴィ)
メレト・ベッカー
(イヴォンヌ)
マリー・ジョゼ・クローズ
(ジャネット)
アミ・ワインバーグ
(ザミール将軍)
リン・コーエン
(ゴルダ・メイア)
マクラム・ホーリー
(ワエル・ズワイテル)
イゴール・ネオ(マーモンド・ハムシャリ)
モステファ・ジェドシャム
(アル・シール)
REVIEW(****)
スピルバーグの映画にはどうも当たり外れがあるみたいで
『宣伝費つぎこんんだ大作だから大当たりするとは限らない。』
というのが個人的な持論です。
それで見に行かなかったのが『宇宙戦争』『ジュラシックパーク』『プライベートライアン』
などで、『ミュンヘン』は『マイノリティー・レポート』以来の見たい作品でした。
なんつーのか、『インディー・ジョーンズ』のようなワクワク感を
 味わえる監督作品は、ディカプーの『キャッチミ〜』以来ないような(爆)。
 プロデュース業で忙しいんでしょうな。それは置いといて、
イスラエル、パレスチナというより、ユダヤ人としての監督の意向が反映されている
のが高いシーンもいくつかあった作品でした。
アヴナーがメンバーを集めて会議するときにいつも『食卓』がある
シーンは、どちらかというとユダヤ人の視点からかかれてるかも
学識用語で『ミメティズム』というのがあって、『相手がやってることだからこっちが
やってもいいじゃないか』または、『しかえししたっていいじゃないか』
という意味ですが、それがある国は永遠に戦争紛争は終わらないという。
劇中で、アブナーは当時のブラックセプテンバーのメンバーを殺害すればそれで
自分の家族の安全も保障されると思っていた。
だが、情報屋のルイから、ブラック・セプテンバーはCIAやKGBなど
世界の情報部に食い込んでいて暗躍していて例え当時のメンバーを
殺したとしても次々アトガマが出てきて、それを根絶やしにしても
代わる組織は出てくるからいたちごっこだという。
そういう彼はCIAの手先として、情報を売り、金払いの安定している
アブナーに自分の地位を脅かされない程度に最低限の忠告をしていく。
『お前も狙われてるんだぞ』と写真を見せるシーンはルイの最低限の
報酬にみあった良心かもしれない。
ぬけるのなら今の内だとたたみかけるようなシーンにもとれた
ここら辺は『ロード・オブ・ウォー』でN.ケイジが演じた
武器商人が『武器は届けたんだからさっさと戦争を始めてくれ』
というのと大違いだ。
暗殺グループを演じた俳優もそれぞれ殆ど芸達者で揃えてあって
なかなか見ごたえあったのだけど、六代目ボンドのD.クレイグ〜
彼が…一番ダメダメだった気がするのは役のせい??…そうよね
そうと思わなければ降板に追い込まれたブロスナンの立場がない
爆弾作りのロバートを演じたカゾウィッツは、スピルバーグで
なければ役はもう引き受けないと言っていたので、久々の登場
コミックになりがちな役を、どんどん追い詰められる役に返る様が
スゴいです。『アメリ』のミョウチクリンなイケメンオタクと
同一人物と思えないかも。
そ、そういや、アヤシゲな情報屋ルイを演じたアマルリックも
カゾウィッツのように、監督兼俳優でしたね。でもって前にみた
作品では10年も博士論文を出せず恋人にも告白できない兄ちゃん役という
出てる俳優さんが俳優さんで、持役や今までの代表作を払拭する
作品という面では面白いと思います。
映像面では、車、カーマニアとしては、あれだけの'70年代の車を
集めてきたのには『ジェイソン・ボーンシリーズ』のかー・SVの
手腕によるものだとか。ロケ地の中でキプロスを除く殆どが左ハンドル
だがロンドンが右ハンドルという難関をクリアしたのはサスガ
『ベトナム戦争に従軍した戦士』が銃弾を浴びて死んでいった人々が
写る様を『1キロ離れた先を見つめた出来事のような目』で見ていた
精神状態になっていたというのは事実。
この映画の冒頭のシーンは、アメリカが'70年代に負った心の傷を
未だに直視できない現実を書いてるようにもみえると思います。


ミリオンズ(2005)
もしもイギリスの通過がポンドからユーロに変わったら・・・。この御話は
そんな舞台でのイギリスの物語。
後12日間、クリスマスには通貨がユーロに変わるイギリス、列車は焼却炉行きになる
ポンド紙幣を運ぶのに大忙しだ。
そんな中、母親を亡くしたカニンガム一家は父ロニーの提案で新しい街に一戸建てを
買った。兄アンソニーは実利主義、まだ小学生中学年になったばかりのガキンコで
大人顔負けの投資に関心を寄せている。弟ダミアンは全く持って正反対、
目に見えない神の存在を信じていて、転校早々、尊敬する人はと聞かれ聖人の名前を
列挙して気味悪がられてしまった。兄に、時折、聖人の姿が見えるというとなおさら
怒られ、学校ではいうなと口止めされてしまう。そんなダミアンが空想を膨らませる
唯一の場所は、家の近くの線路傍につくったダンボール部屋だった。
いつものようにダンボール部屋にこもってると、電車から黒いバックがふってきた。
中に入ってるのはバックいっぱいのポンド札、その額22万9320ポンド!
兄は12日間で使いきろうと、高価なゲームを買ったり、これを元に
学校で番をはったりするが、弟は、貧しい人に寄付しようとする。
兄は、そんなことをすれば金の出所がバレると必死で隠す一方、以外と
貧しい人がいなかったこの街・・・このバックはどこから来たのだろうか?
そんなことも露知らずの二人を怪しい男が狙っていた。
(原題名:Millions)

監督:
ダニー・ボイル
脚本:
フランク・コットレル・ボイス
出演:
アレックス・エテル
(ダミアン・カニンガム)

ルイス・マクギホン
(アンソニー・カニンガム)
ジェームス・ネスビット
(ロニー・カニンガム)
デイジー・ドノヴァン
(ドロシー)
クリストファー・フルフォード
(泥棒)
ジェーン・ホガース
(お母さん)
REVIEW(*****)
オモチャバコをひっくり返したかのようなオモシロさと
カリっと焼けたキャラメルドーナツのような懐かしいほろ苦い
甘さが伝わってくる暖かい映画でした。クリスマスにぴったり。
D.ボイルというと、今までの映画が苦しいものがあったのですが
これはゼンゼン。使い切ろうとする兄貴も、分け与えようとする
弟の願いも本当は、死んだお母さんにもう一度会いたい、それだけ。
でも、それはいえないのが色んなシーンに盛り込まれてる。
弟ダミアンが『寄付しよう』と町中で『Are you poor?(貧しい?)』
と聞いてまわり、郵便配達のお兄さんが、『あれもこれも欲しいけど
お金がなくて買えないさ』と言った翌日、兄アンソニーは
郵便配達のお兄さんがありとあらゆる電化製品を買い込んで
家に行くのを目にしてギョっとしたり、他人の善意を(??)
信じるモ○モン教信者のお隣さんが、ある日ダミアンの施しで
お金持ちになっちゃって『お祈りが通じたのです』と言ったり(爆)
でも、兄は使っても使いきれない、ダミアンは学校に大金を
施したコトで、泥棒にみつかってしまった。
それだけでなく、寄付金の担当の女性が家にあがりこんでくることに
対して、弟のダミアンは新しいお母さんのように思ってるけれど
兄アンソニーは母親の存在を潰されたくないから出て行って欲しい。
そんな微妙な思いが『偶然振ってきたオカネ』以上に交錯している
最終的に、お金をユーロに換金しなければ使えなくなって、泥棒に
追いかけられながらも必死で換金する面々、ダミアンはお金さえ
なかったら・・・と自分の善意さえも空しくなって残ったお札を燃やして
しまうとそこに、死んだはずの母親が出てくるシーンが印象的。
兄や父親がどう考えてるのか、ダミアンに伝えるシーンがよかったです。
ラストは、いかにも監督式の、オモチャバコな明るいエンディング。
最後まで楽しめる映画でした。




Mr & Mrs Smith(2005)
灼熱の太陽が照り付け、革命の嵐が吹き荒れる、南米コロンビアの首都ボコタ
建築家のジョンとコンピュータープログラマーのジェーンは、個人旅行者を狙った
尋問逃れのためにカップルを装ったところからたちまちお互い恋に落ちてしまい
周囲の猛反対に耳もかさず電撃結婚。
それから5〜6年、お互いが倦怠期に突入していることに気がついた二人。
隣人との会話もうわべだけ、それもそのはず、この二人、お互いに内緒の
裏稼業があった。ジョンは、自らの建設事務所を隠れ蓑にする『一匹狼の暗殺者』
ジェーンは、コンピューター会社とは表の顔、暗殺エージェントのエース。
しかも敵対する組織同士のトップエージェントだった。
しかも、二人がニアミスしてしまう任務が結婚五年目にして、出てしまう。
自らの正体がバレると、その相手を48時間以内に標的を消してしまわなければ
いけないのが、この業界のルール。
昨日までの愛の巣は、今日からは武器庫。
史上最大の夫婦喧嘩に決着はつくのか・・・
(原題名:Mr & Mrs.Smith)
監督:
ダグ・リーマン
脚本:
サイモン・キンバーグ
出演:
ブラッド・ピット
(ジョン・スミス)
アンジェリーナ・ジョリー
(ジェーン・スミス)
アダム・ブロディ
(ベンジャミン・ダンズ)
ケリー・ワシントン
(ジャスミン)
ヴィンス・ヴォーン
(エディ)
REVIEW(***)
正直な感想、あんなに前から誇大広告する必要あったのかなぁ・・・という。
チラシとってきたのも、二人が移ってるモノ一枚なので公開間近、ブ○ピって
そんなにいいかい(爆)ファンにいったら怒られるか、まぁ、監督は『ボーン〜』の
D.リーマンだし、アンジーもヴィンスも好きだから見にいこうと
脇役目当てでいったら、個人的にハズれちゃいました。
D.リーマンにしては、スカかもしれないっす。彼の監督作のシブさを
期待していくと、『アクションだけか?』という結果になってしまうかも。
脚本家が『夫婦喧嘩と香港アクションのような激しさを合わせたらどうなるだろう』
つーノリで書いた脚本らしいのですが、ブラックコメディのような、アクションのような
 見てて『後味がな〜』という(ブ○ピ個人は、こういう後味が結構お好み
 だそうで・・・だから好みの俳優じゃないんだねぇ)
『壮烈な夫婦喧嘩』にかける小道具類には『おお』ってアレは
ありました。オーブンあけたら、武器がズラリとか、絵をスライドしたら拳銃一式とか、
おいおい、ブ○ピ、家の地下に商売道具一式入れておくなよとか、
家のデザインの趣味はブ○ピのモノなんだそうっすが・・・あの映画みてるだけで
この二人、結婚してもムリだろうな〜というのがわかってしまうという。
何より、一番ナイスなキャラが、ヴィンス。『世の中で一番安心な女性は母親だ』
そ、そりゃーそうだろうなぁ(爆)。結局、組織の中でのうのうと憎まれず
生き残っていけそう。白黒つかない映画の中で、ハッキリした色分けに
なってくれたヴィンスがいいわん。
母親の所に行ったのだし。そのヴィンスの所に、転がり込んできた
ブ○ピが、フトンを被るシーンがナイス。
 エンディングには、別バージョンがあって、1年後に二人の子供が
できていたというのがあるんだそう(DVDにはフューチャーとして
入るそう)。でも待てよ、当人同士のオコチャマもいるんだし、
監督、このシーン取り直しもあるかもよ(汗)。
映画のエンディングに満足できなかった方にはこちらを。
でもなぁ〜ワタシとしては、二人の打ち合いまでで、エンディングに
つなげてもよかったかもしれない(爆)
この二人の間柄を見てると往年の名優、ドロンがナタリーさんと
『黒いチューリップ』の撮影後に結婚したアレをおもいださずに
いられないっす。あの時は、ナタリーさんが連れ子でドロンと結婚して
ドロンは有名な女優ロミー・シュナイダーと婚約破棄して
子供ができたのだけど、ナタリーが女優業に専念したいといったら
ブチきれて離婚したという。なので、アンジーとブラピも
チョっと世代は親子違いというアレもあるのですが、不安もあるのでした


もしも昨日が選べたら(2006)
もしも、万能リモコンがあったなら、自分の人生なんて自由自在じゃないの・・・?
マイケルはワーカーホリック気味の建築士。ただ『いい暮らし』をすることだけを夢見て
家族と過ごす時間どころか、親が尋ねてきても自宅で残業、子供たちにも
美しい妻、ドナにも、ろくすっぽかまってない。
あまりに忙しさに、リビングテーブルの上に沢山散らばっているリモコンがどれかも
こんがらがってる有様だ。
そればかりか、彼の上司、エイマーは『昇進』をエサに彼をコキ使っている。
ある日、マイケルは『家中のリモコンを一つにまとめてくれる機械』を探しに出かけたが
夜中に出たので、どの店も閉店のオンパレード。
一つだけ開いていた。『Bed, Bath, & Beyond (その他)』のお店に入ると、気になる『その他』
のドアの向こうで、モーティとなのる奇妙な発明家に出会い、最新の技術を結集して
まだレジにも未登録の、人生までもコントロールできる万能リモコンを手に入れることが出来た。
が、気になったのは『返却無効』という事実。どういうことだろう・・・
何はともあれ使ってみると、今までアレほど迷っていた全てのリモコンがコレ一つでまとまっただけでなく
『自分の人生にかかわるもの』を都合よく変えてしまえる機械だということにおののくマイケル。
最初は、夜中にほえる犬の鳴き声を消したり、ひいてるカゼが治るまで時間を早送り程度だったのが
昇進をあせるあまりに、『昇進後』の未来にすっとばしてしまったことから、彼の人生は大きく
狂い始めてしまった・・・・
(原題名:Click)
監督:
フランク・コラチ
脚本:
スティーブ・コーレン
マーク・オキーフ
出演:
アダム・サンドラー
(マイケル・ニューマン)
ケイト・ベッキンセール
(ドナ・ニューマン)
クリストファー・ウォーケン
(モーティ)
デヴィッド・ハッセルホフ
(エイマー)
ヘンリー・ウィンクラー
(テッド・ニューマン)
ジュリー・カヴナー
(トルーディー・ニューマン)
ショーン・アスティン
(ビル)
ジョセフ・カタノン
(ベン・ニューマン7歳)
ジョー・ヒル
(ベン17歳)
ジェイク・ホフマン
(ベン22-30歳)
テイタム・マッキャン
(サマンサ・ニューマン5歳)
ロレイン・ニコルソン
(サマンサ15歳)
ケイティ・キャシディ
(サマンサ20-30歳)
キャメロン・モナハン
(ケヴィン・オドイル)
ジェニファー・クーリッジ
(ジャニーン)
レイチェル・ドラッチ
(アリス/アラン)
ミシェル・ロンバート
(リンダ)
ジェナ・クラマー
(ジュリー)
ニック・スワードソン
("Bed and Bath"の店員)
ジェームス・アール・ジョーンズ(リモコンのナレーター)
ティム・ハーリヒ
(病院の医者)
フランク・コラチ
(看護士)
 
REVIEW(****)

『アメリカ人は今与えられているものに感謝しないで、先に急ぐことを美徳としている面がある
今持ってるもので幸せと思える映画を作りたい。』という思いもこめて作られた映画が
これだったと思う。
『家族の為に稼ぐ=出世する=家族に尽くす』という考えの夫がどれだけ多くそして
そのままでいくと、とりかえしのつかない人生になってしまう暗示でもあった映画でも
あるかもしれないし、これはどちらかというと団塊の世代がドコドコと退職したり、
お金やうわべの付き合いが先行されてしまうような社会になってしまった現在の日本に
クギを打つ意味でもよかったかもしれない。
そんな中でも、ちょこちょことアダムちゃんのお下品ギャグは健在なワケで・・・
時間を操れるリモコンで、憎っくき上司の顔をストップさせたら往復ビンタにオ○ラ(汗)
オマケに『ホトンド余っちゃった』状態のジャニーンを押し付けるわ・・・ハタから見たら
オソロシイ限りなワケで。
キャスティングも、ヘンリー『フォンジー』ウィンクラーは『ウォーターボーイ』以来だし
D.ハッセフホフが出てるなら、遅刻した理由をナゼ『赤のランボルギーニーが・・・』と
言ってしまったので?やっぱりココは『赤のトランザム』にするとベタすぎるのか
息子役でラストに結婚するベンはD.ホフマンの実の息子。いやはや似てると思ったよ・・・
勿論、子役の二人は言うことなしに、アダムちゃんについてきてたのでいがったです
ウォーケンオヤジは、いつもながら、『アヤシイオヤジ』の役をすると右に出るものが
いなくなったというか、何というか。呼ばれてもいないのに、ぬぼっと出てきたりする
あのワケわからない存在感もウォーケンオヤジならでは。
『リモコンに人生が自動操縦』されていなくても、誰でも、『無意識』のうちに
忙しすぎる人生を送り続けていると、家族や親戚、辛かったときに支えてもらってた
友人などに『ものぐさな返事』で返してしまう時はあると思う。
それを大半の人間は『忙しいんだな』の一言ですまして、また『その人』の所に
声をかける前と同じ気持ちで戻ってくるかといえば『NO』なんだろう。
それを『繰り返している』うちに、劇中のアダムちゃんのように、孤独感を味わいかねない
ことにもなりかねないんじゃないだろうか、そう思った映画でした。
今回は、おなじみ『アダムちゃん映画のカメオ陣』は『お医者さん』でございました
さてはてどこに出ていたでしょう(笑)



 

マイアミバイス(2006)
米国フロリダ州の楽園マイアミ。南米に近いこの都市は密輸の温床でもある。
リコとソニーは潜入捜査に挑むマイアミ警察特捜課の刑事、プレイボーイで
フェラーリを乗り回すソニーと比べ、アナリストのトルーディー一辺倒のリコとは
生き方も正反対だが、捜査となると結束は固い。
合衆国司法機関の合同捜査極秘情報が漏洩しているという情報が
二人の元に入ると同時に二人が別件で使っている情報屋アロンゾが普通回線で
身の危険を知らせてきた。が、時すでに遅し、家族をも殺されたアロンゾは
二人の目の前で投身自殺を図る。
FBIエージェントのフジマは合同調査情報がロシアンマフィアに漏れていたのを
掴んだ上で、この捜査に全く面の割れていないソニーとリコの二人を、本部捜査の目から
はずし、なおかつ麻薬シンジケートのウラをかくために南米コロンビアに潜入捜査へ
向かわせる。
偽名、偽証犯罪暦などあらゆる綿密な計画をねり、密輸組織のキーマン、イエロに
麻薬の運び屋として現れる二人だがイエロは警戒心を解こうとしない。
あわや危機一髪となったところに、謎の美女イザベラが、ビジネスチャンスがあると
冷たいあしらいながらも言い放った。
麻薬の利益の資金洗浄で利益を得る、イザベラに不思議な魅力を感じるソニー。
のめりこみすぎるなと忠告するリコの言い分もとめられない。
一方その頃、組織は二人の正体を掴みかけていた。後戻りできない真剣勝負の中
最後に笑うのはどちらか…
(原題名:Miami Vice)
監督:脚本
マイケル・マン
TVシリーズ脚本
アンソニー・ヤーコヴィッチ
出演:コリン・ファレル
(ソニー・クロケット)
ジェイミー・フォックス
(リカルト・タブス)
コン・リー
(イザベラ)
ナオミ・ハリス
トルーディ・ジョプリン)
ドメニク・ロンバートオッジi
(スタン・スイテク)
ジャスティン・ゼロックス
(ラリー・ジット)
エリザベス・ロドリゲス(ジーナ・カルブリーズ)
ジョン・オーティス
(ホセ・イエロ)
ルイス・トーサ
(アルカンデル・デ
モントーヤ)
シアラン・ハインズ
フジマ)
ジョン・ホークス
アロンゾ・スティーブンズ)
バリー・シャバカ・ヘンリー
(マーティン・カステロ)
REVIEW(*****)

  知っての通り'80年代の『特捜刑事マイアミバイス』のリメイク。
映画放映前にTV東京系列の一部の地上波が全話再放送してくれた
ので記憶に新しい方も、『映画と設定が違う(爆)』という方もいらっしゃるかも
監督のM.マンが『映画にしよう』と暖めていたプロデュース作品でしたが
TVになってしまい・・・この当時のTVシリーズにしては珍しく
『プロデューサーを手がけた方が一作も監督をしてない人気TVドラマ』
になったと思います。今回は念願の作品ではないでしょうか。
これを見ている間ず〜っと、個人的に『あぶ刑事(一回目の映画化)』が
アタマの中にグルグルと
『日本でバイスをするならタカ+ユージだよね〜』、この映画のプレミアにも
お二人が出る予定だったのに、ユージ・・・(滂沱)
日本でこの二人を超える『バイス』がいまだ出てこないってのには情けない。
でもって映画の方・・・ナカナカ良く出来ておりました。さすが硬派監督のマン
ただ、中だるみしてしまったみたいです。前半と後半のスピード感に比べて
真ん中のイザベラとソニーのエピソードや取引のエピソードは一つ二つ
削っておいてもよかったんじゃないでしょうか。
イザベラをラストでどうするか、というのは『マルタの鷹』に通じるようで
ひねりも加えた感じでいがったです。
こうなったら続編を見てみたいですね。



モーツアルトとクジラ(2007)
数字を見ると他の事が頭に入らなくなるドナルドは
タクシーの運転手をしてるが、今日も今日で数字に夢中に
なってしまい肝心の『運転』を忘れ、花屋に車をぶつけてしまう。
が、『集会に遅れちゃう』と言って、タクシーもお客も花屋も放ったらかし・・・

 ちょっとだけ人生遠回り、不器用なだけ、でも社会で生きていこうよ、
ドナルドは一見普通でもアスペルガー症候群を抱え、同じ障害と
言われた仲間の自助グループを作っていた。
それぞれが自分の世界を大事にする、ちょっとだけ遠回りな人たち。
そこに、今までのメンバーと変わった女性イザベルが入ってくる。
他人の言ったことは、ありのまま受け止めてしまい、率直に語ってしまう。
それが他人を傷つけ自分を傷つけることも判らない、そんなイザベルに
魅了されるドナルドだが、彼女を前にすると極度に緊張してしまう。

何とか、ドナルドを外に連れ出そうとするイザベルだが、ドナルドが大の
パーティー嫌い、この自助団体も自分の極度の人見知りをまず
同じような仲間と接することではじめたことを知る。
そこで、イザベルはハロウィンの夜に仮装して歩けばいいと提案するものの
家から一歩も出られないドナルド。しびれを切らしたイザベルが迎えに来る始末。
 その後も、イザベルへの思いを感じながら自分に自信のない
ドナルドを彼女はありのまま受け入れていこうとする。
ある日ドナルドの散らかった部屋を彼女が勝手に片付けてパニクって、
どうなることかと、周りが心配しても。

数字に強いドナルドを見込んで、イザベルは彼に大学病院の
統計の仕事を彼に紹介する。上司の顔もまともに見ることが出来ないドナルド、
が、次第に仕事にも慣れてきて、ドナルドは彼女に結婚を申し込もうとしたが・・・
(原題名:The Morzart And The Whale)
監督:
ピーター・ネス
脚本:
ドナルド・バス
原案:
ジェリー・ニューポート
出演:
ジョシュ・ハートネット
(ドナルド・モートン)
ラダ・ミッチェル
(イザベル・ソレンソン)
ゲイリー・コール
(ハンク・ワランス)
ジョン・キャメロン・リンチ
(グレゴリー)
シェイラ・キーリー
(ジャニス)
エリカ・リーンセン
(ブロウニン)
アレン・エヴァンジェリスタ
(スキーツ)
ラスティ・スティウィナー
(グレーシー)
ロバート・ウィスダム
(ブルーム)
 
REVIEW(*****)
同名の原作を元に『レインマン』の脚本を勤めたロナルド・バスが、主人公の二人が
紆余曲折を経る姿を緻密に描き出している。
原作者も『レインマン』を見たことで自分がアスペルガーと判り、共同原作の
奥さん(映画でラダ・ミッチェルの演じるイザベル)と出逢うことに
なったのだから、運命はわからない。
原作は映画よりもっと複雑で、離婚、再婚して、現在にいたる過程は
何年にも及んでいる。 そんなに早く心の傷が癒える訳でもなければ
お互いを理解できるわけでもなし、まだ理解できないこともあると思う。
アスペルガー症候群も、俗にいう重度の自閉症患者を抱えてる人からは
『あんたたちなんか障害じゃない、自閉症じゃない、言葉も喋れない
ウチの身内の身にもなってみろ』と罵声を浴びせられ、健常者からは
『わがまま病、親のしつけがなってないから甘やかしたところだけ
のびている』とののしられ、本来ならこの映画のドナルドのように
  『普通にいきることが全てだと思っていた』と思う人やイザベルのように
 『自分自身のままでいいじゃない』と思いながら、自閉症と健常者の
 架け橋になれる人間を、痛めつけてる世の中のような気がする。

家の中に鳥がいっぱいいるシーンも、人間が傍にいると
窮屈なんだよねぇ…と、ウンウンとうなずいてしまうし、どちらかと
いうとイザベルよりドナルドの立場の方が判るというか。
イザベルは見ててかなり辛いというか。
ドナルドの数字を計算することで、自分に触れる全てのものにリンキング
しようとするシーン(パニクって駐車場でナンバーを計算するシーンや
電子レンジの数字を眺めるシーン)も、特定の趣味の話から実生活の
会話に結びつける人たちの悩みと抱えてることは、重さは違うとはいえ
共感するものはあるかもしれない。
映画の中には、知的障害を抱え、感情も見せられない重度の人から
ドナルドのような軽度の人まで出てくるけれど、ほんの一部。
ドナルドがイザベルのことで真剣に悩む姿を、言葉にはならない
けれど雰囲気で感じとり、ある者は怒りにし、ある者は、黙って
ある者は何かついていこうとする、その人なりの『方法』を
示す姿が印象に残りました。
また、ドナルドが上司を家に招くからイザベルに普通らしく
してくれと言ったときにわざとイザベルが反抗的になるのも
これは『自分らしさ』を認めてくれなかった親から来てるのでは
ないでしょうか。
周りは形やルックスだけを見て内面を見てくれない。
内面を他の人間より掘り下げて考えているアスペルガーにとって
『アンタは普通じゃないんだから、他のお客様が来るときは
いい子にしてるのよ』といわれたり、
『みっともないから隠れてなさい』と幼少にいわれたりした記憶が
残るほど心の傷になるものはないとイザベルをみて思った映画でも
ありました。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送