BIOGRAPHY OF VIGGO MORTENSEN

『オーシャン・オブ・ファイヤー』の記者会見で
来日した時のヴィゴ
映画の中で乗った馬を買い取った程だとか
NAME
ヴィゴ=ピーター=モーテンセンJr.
DOB
20/October/1958
POB
ニューヨーク州、マンハッタン,USA
Height &
Weight
5フィート11インチ(約180CM)
Others
ブラウンヘアにグリーンブルー(Or ヘーゼル)アイ
Family
デンマーク人の父V=P=モーテンセンSr(養鶏業)
アメリカ人の母、グレース
兄弟、ウォルターとチャーリー
パンクロックバンド『X』のリードヴォーカル
Exene Cervenkaと『Salvation』の共演で結婚
息子ヘンリー('88〜)を設けるが十年後に離婚
-BACKGROUND-

養鶏業を営んでいた父とアメリカ人の母がノルウェーのホーランドで出会い結婚後
母親の故郷NYで三人息子の一人として生まれる。
父親の仕事上、各国を旅してきた為、語学に堪能で、スペイン語、デンマーク語は
流暢に、フランス語、イタリア語、ノルウェー語、スウェーデン語も、それに
まさるとも劣らない。
彼が11の時に両親が離婚するまで、家族はヴェネゼエラやアルゼンチンなど
南アメリカの各所を行ったり来たりしていた。
ヴィゴ自身も七つの時にはアルゼンチンの厳格な寄宿学校に通わされていたらしい
NYに戻り、WatertownHighSchool時代には水泳部やテニス部の部長もしてたらしいが
この頃から写真に対しての才能が本格的に芽生えてくる。
その後St. Lawrence Universityに進学、経済学を学んだ後、デンマークに渡り
祖父の仕事を手伝いながら、花屋、トラックの運ちゃんの仕事をしていた時期もあった。
が、方向転換し、NY戻りWarren Robertson Acting Workshopにて二年間演技を
学んだ後、『カイロの紫のバラ』('85)に出演するものの、出演場面のカットという
憂き目をみてしまう。
だが、同じ年、ミュージカル『Bent』で、Drama League Critic's Award を受賞
さらに『刑事ジョン・ブック〜目撃者〜』で演じたアーミッシュの青年役が
一線にでるきっかけとなった。その後も映画出演、TV出演の傍ら、バイト生活を送る。
それから二年後、インディ系の作品『Salvation!』の共演で知り合った、パンクロック
ヴォーカリストのExene Cervenkaと結婚、息子ヘンリーを設けるが、彼女は
コンサートツアーに、ヴィゴは俳優業にという溝はうめられず、十年後に離婚
が、その後も、よき関係は保っているという。
その後も、『インディアンランナー』('91)『ダイヤルM』('98)などを経て
持ち役とも言わしめた『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン役を獲得
当初、ステュワート・タウンゼントでは若すぎるので、彼にオファーの回ってきた
この役を、息子との時間を大切にするあまり、断ろうとしたが、息子が
『指輪物語』の大ファンだったことから、急遽引き受けたという、息子思いの一面がある
また、画家、詩人としての才能もあり、デンマークを主な拠点として個展や朗読を
開催している。


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